ベルツリー若草アネックス
 
敷地・設計条件
敷地は、神戸市須磨区のニュータウン、西神地区への入口に位置する地域で、周辺の大規模開発の残余地にあたる。主要地方道に面し、道路より下方、最大高低差15mの傾斜地で、道路と水路に挟まれた変形した土地であった。施主から提示された条件は、賃貸用のファミリータイプの集合住宅を許容容積いっぱいに計画する事、駐車場を住戸数確保する事、予算は造成費も含めて坪60万以下にする、という厳しい内容であった。

配置計画
計画を始めるにあたって第一に考えた事は、敷地も含めた周辺の地面の起伏を壊さない、という事であった。これは、造成関係の費用を無くす、という現実的 な選択でもあった訳だが、残余地とはいえ、斜面に残る緑地の連続を切りたくないという理由による。斜面下方よりの逆日影、採光斜線より、建物は道路よりに配置せざるを得ず、しかも上階部ではセットバックする必要があった。

断面計画
計画の最大の難点は、住戸と同数の駐車場をどうとるかであった。前面道路は敷地の南北で3mの高低差がある。これを利用して、駐車場の入口を 南側に、メインのエントランスを北側にとることで入口の階数を分けて、歩車を 分離し、スロープ状の駐車場を地階まで配置する事で駐車台数を確保した。その為エントランスは、地盤面の高さから3階におかれた。建物本体は、斜線制限により5階以上がセットバックしているが、4階以下は、ラーメン構造のフレームから、鉛直荷重のみを負担する壁と床版を突き出させて 室内空間を囲いとった。外観では、5階から現れるフレームと対比的な彫りの深 い箱体となり、立面にリズムと緊張感を与え、室内からは、天井いっぱいの開口で明るい室内空間が得られた。

平面計画
平面は、一般的な片廊下式の平面形を採用したが、緩やかに湾曲する敷地の傾斜にそって折り曲げる事で、単調になりがちな廊下側の表情をデザインした。3階のエントランスを大胆な空間として表現するために、エントランスに接する1住戸だけをメゾネットとし、エントランスの上部を吹き抜けとした。6階南の不定形の住戸は、逆日影によって得られた形だが、ペントハウスとしての面白さを意図した。

意匠計画
施主は、船舶関係から出発し不動産賃貸業を経営する会社で、船を所有しなくなった今も、社名にその由来を残している。今回の設計にあったても建物全体に 船のメタファを埋め込んだ。エントランスへのブリッジは、まさにボーディングブリッジであり、住戸は船室に、EVシャフトは煙突に準えられた。竣工間際の 建物を見た施主が、廃船にした貨物船の記念品のランタンや打鐘を建物に取り付けたいと申し出られたのも、うれしい贈り物になった。コストの関係でエントランスの打ち放し仕上げの壁を除いて、外壁のほとんどはペンキ仕上げ(吹付タイルトップコートのみ)となったが、船舶の白い軽いイメージを強める事ができたと思っている。

最後に
この建築は、阪神大震災の前の竣工であったが、震災による被害は軽微に止まった。ただ一点、ブリッジの道路側が沈下し、震災後駆けつけたときには、ブリッジが宙に浮き、船出しそうに見えたのが印象深い事件であった。竣工後、2年が過ぎ、各住戸では、それぞれの生活が営われている。夕暮れ刻、各住戸の居間の窓にいろんな色の電球がひかり、満艦飾のカーテンに飾られた様を眺めるのが、既に船出した建物の、最も美しく心踊る瞬間である。

写真撮影・新極 求
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